注:この話は幸福の王子パロです。王子像の一護とツバメ冬獅郎のお話です。
それでもいーよ!と言う方のみ、ずずいとどうぞ・・・。











君の目に映る空









お前の見た空と、俺の見た空は
あの時からきっと、ひとつの同じ色








もうすぐエジプトに飛び立とうと思った冬獅郎は最後の一晩を過ごす場所を探していた。
すでに彼の仲間のツバメ達は、何週間も前に飛び立っていて、冬獅郎だけがやがて、
冬を迎えるこの街に一匹留まっていた。
川原の葦に恋をされ、それをあしらうのに時間がかかりすぎてしまった。
泣かせるのも忍びなく、なんとか穏便にと事を運ぼうとする冬獅郎に対し、葦は縋るばかりで、
とうとう耐え切れなくなって別れを告げてきたのだった。
風は最初にここを訪れた頃よりもすこしずつ冷たさを増しているようだ。
家の屋根を時計台の傍を飛ぶ冬獅郎にはそれがよく分かる。
見下ろした街は温かな明かりを漏らす家々と路上のそこここに座り込む乞食の姿がまるで対照的に
存在している。
裕福に暮らすもののは温かさと明かりの中で笑い、それ以外のものは飢えと寒さの中を耐えていた。
ひらりと黒い翼で飛ぶ冬獅郎には見えていた。けれど、それはこの街に来る前にも
何度も見えていた光景で、何の感慨ももたらさない。
ああ、ここも同じだと思うばかりで、飛ぶ羽に迷いはなく、思い描く温かなエジプトの
光景が冬獅郎の心を占めていた。
「・・・・?」
やがて冬獅郎の下に広場が現れた。
その真ん中に、金と宝石に装飾された像がある。
自分ははじめて見るが、度々、仲間達が噂していた「幸福の王子の像」だとすぐに思いついた。
仲間や街の人々が賛辞する像は遠目から見ても確かに、美しく立派だった。
あの足元で今夜は休むことにしようと冬獅郎は舞い降りていった。
ちょうどよい広さの台座にとまると羽をつくろう。
そのとき、ぱたりと冬獅郎の羽を揺らすものがあった。
「雨か・・・?」
見上げても空は暗いだけで、雨は降っていなかった。
気の所為だろうかと思ったが、羽を見ると確かに濡れていた。
本当に一粒の雨が落ちてきたように。
もしかしたら、たまたま夜露が落ちてきたのかもしれない。
明日に備えてもう眠ろう。
首を羽の上で休めようとすると、今度は、続けざまにぱたりぱたりと
水滴がまた落ちてきた。
「なんなんだ?」
見上げた冬獅郎はそこで月明かりに光る水滴を見た。
雫が白い明かりに光り、夜の中を落ちてくる。

ああ、なんてことだ・・・・。

見上げた像の両目の宝石から、溢れ、こぼれる光。
頬を伝う軌跡。
像が泣いている。
声もなく、泣いている。その表情は悲しみの形に造られてはいなかったけれど、
冬獅郎にはなんとも悲しい気持ちになった。
「お前が、泣いているのか?」
確かめるように見上げたまま聞けば、
「・・・・誰だ?」
と小さく声が返ってきた。
冬獅郎はその顔を声を近くで見たくなって、台座の上から王子の肩へと舞い上がった。
「幸福の王子と呼ばれるお前がどうして泣くんだ?」
自分の肩に乗るちいさな姿に、王子の綺麗な目が向く。
涙で潤んだ宝石は輝き、美しかった。
「幸福の王子なんて、俺はそんなんじゃねぇよ。
ただ、飾られた姿だからそう呼ばれてるだけだ」
王子は一護と名乗った。ここに像として建てられる前、人間として生きてきた時の名前だという。
一護はこの街から遠く離れた南の国で、豪快で民に思いやりがあった王とかわいい妹姫達と
暮らし、今思えば、幸せという花が咲き誇る庭の中にいたようなものだ。
本当の幸せに囲まれて、庭の外を知らなかった自分は死んでここに像として初めて
きて、ようやく世界を知った。世界がどんなものかを知った。
そんな安穏に埋もれていた自分が悔しくて、そして、目の前の苦しんでいる人を救えない
自分が嫌でたまらなかった。
きらびやかに装飾された姿は賛辞されるだけで、貧しい誰をも救わない。
台座に留められ動けない自分は見ていることしか出来ないのだ。
そして、毎晩毎晩、街のあちこちに見る光景に涙を流すことしか出来ない。
「俺は自分が情けない・・・」
ほろりとまた一護の目から涙が流れた。
「馬鹿だな、お前はここしか知らないだろうけれど。こんな光景どこでだってある。
いちいち気に病んでたら仕方ないことだ」
世界を飛び回り過ごす冬獅郎には、一護の思いは分からぬでもなかったが、割り切らねば
ならないことだと知っていた。
ここよりも北にある街では病がはやり、街のほとんど人間がが死に掛けているところもあれば、
西では戦争で焼かれた街や村が数え切れないほどあった。
世界は、どこにでも大なり小なり悲しみが溢れているのだ。
「お前の言うことは分かるよ・・・。でも俺は目の前にあるものしか見れないから、それだけでも
どうにかできないかと思っちまうんだ」
「一護・・・・・・」
「なぁ、もう少しここにいてくれないか」
「いや、俺は明日にはエジプトに飛ばなきゃいけないんだ」
もうすぐやってくる冬の寒さは冬獅郎の小さな体をあっという間に凍えさせてしまうからだ。
それが分かった一護は、あまり我侭を言うこともできなくなる。
「・・・・・じゃあ、今日だけ、俺の願いをきいてくれよ」
本当は自分が聞く必要もないけれど、冬獅郎にはどうにも一護の言葉を無視できなかった。
「仕方ない。ここは寒いからな、今日泊まる宿賃でお前の頼みを聞いてやるよ」
「ありがとう。え・・・とお前名前なんていうんだ?」
今更、この世界を知るツバメの名前を聞くことを忘れていたことに気付く。
「・・・・冬獅郎だ」
「いい名だな。冬獅郎、じゃあ、頼むよ。
俺の剣についているルビーをこのずっと向こうにある親子に届けてくれ」
子供は熱を出し、母親は貴族に注文されたドレスを縫わねば食うものもなく困っているのだ。
「わかった」
冬獅郎は肩から飛び降りると、金色に装飾され剣からルビーを口ばしで取り出し、
咥えると一護のいう親子の家へと向かった。
冬獅郎は運んだルビーを縫い物で疲れきった母親の手に落とし、部屋の隅置かれた
ベットに眠る男の子の上で羽ばたき、涼しい風を送った。
「涼しいなぁ・・・僕はきっと元気になるんだ」と男の子は苦しんでいた表情を和らげた。
それを見届けると冬獅郎は一護の元へと戻るため、小さく開いた窓から飛び立った。
夜の街を飛びながら、悲しみは世界に溢れていると達観していた気分は、
こうしてちいさな手助けをするだけでも
なんとも温かな気持ちを冬獅郎に湧き上がらせた。
夜風の寒さも勝てない、ほんのりと暖かいものを与えてくれた一護に、冬獅郎は感謝した。
やがて、冬獅郎は一護の元にたどり着くとその肩に止まり、親子の様子を聞かせた。
「ありがとう。ゆっくり休んでくれ。寒いところでワリぃけど」
ここは風を遮るもののなければ台座の高さのある分、風は冷たさを増す場所だ。
冬獅郎は済まなそうにする一護に小さく笑うと自分の羽で一護の頬を撫でた。
硬く冷たい金色の頬にもう涙の跡は残っていない。
それを見て、冬獅郎は良かったと思った。
「いや、可笑しい話だが寒いはずなのに、俺は今すごく暖かい気持ちなんだ・・・・。
お前のおかげだ、一護」
もう一度だけ、羽を羽ばたかせると冬獅郎は首を埋めて眠った。



朝、目覚めると冬獅郎は一護の肩から川へと水浴びのために飛び立った。
今日にはもうここを離れ、エジプトに飛び立つ。
その前に存分に体を休めようと思ったからだ。
昨日の出来事とエジプトに飛び立てる喜びに冬獅郎は舞った。
学者はそれを見て、冬にツバメが水浴びをするなんてめずらしいと驚きの声を上げた。
水浴びを済ませるといよいよ旅立ちの別れを告げるために、冬獅郎は一護のところへ行った。
「今日、エジプトに行く。短い間だったが世話になったな」
「・・・・・・・」
肩にいる冬獅郎に一護は悲しそうな目を向ける。
「もう一晩、ここに泊まってくれないか、冬獅郎」
屋根裏部屋に住む脚本家の若者が飢えで苦しんでいるんだと一護は言った。
正直、冬獅郎は迷った。仲間達は今、川を上り、二番目の滝へ飛んで
いる。そこではパピルスのしげみの間でカバが休んでいるだろう。
そして巨大な御影石の玉座にはメムノン神が座っている。メムノン神は、星を一晩中
見つめ続け、明けの明星が輝くと喜びの声を一声あげ、そしてまた沈黙に戻る。
正午には黄色のライオンが水辺に水を飲みくる。ライオンの目は緑柱石のようで、
その吠え声は滝のごうごうという音よりも大きいのだ。
思い描く光景は冬獅郎を捉えて仕方なかったが、それでも目の前で悲しそうに嘆く一護を
放っていくことも出来なかった。
随分と自分はお人よしになってしまったものだと小さく苦笑した。
「わかった。もう一晩、お前の頼みをきこう」
「本当か!?ありがとう」
そう笑う一護の顔に冬獅郎はなんとも満たされた気分になった。
「またルビーを持って行けばいいのか?」
昨日取り出した美しいルビーはきっと今度は若者を救うだろう。
「いや、ルビーは一つしかないんだ。あと残っているのは俺の両目だけだ。
珍しい琥珀で出来ている。一千年前にインドから運ばれてきたものだ。
俺の片目を抜き出して、彼のところまで持っていってくれ。
これを宝石屋に売れば、食べ物と薪を買って、芝居を完成させることができるから」
「っ!! できるか、そんなこと・・・!」
こともなげに言う一護に冬獅郎は怒りとも悲しみともつかぬものを覚えた。
自分の目を持っていけだと?
「・・・冬獅郎、でももう宝石はこれしか残ってないんだ。
彼を飢えさせない為に出来ることは、俺にはこれ以上の方法はないんだよ。頼む」
一護の琥珀の目は、太陽にきらきらと優しく光る。
冬獅郎はその琥珀の穏やかな輝きが、一護を飾るどの宝石よりも気に入っていた。
彼に似合う、穏やかでそれでいて何よりも強い輝きを宿す目だと。
黙ってしまった冬獅郎に一護は困ったように笑った。
強い言葉を言いながらもどんなに自分のこと考えてくれるかが分かった。
世界の不条理を達観しながらも、冬獅郎はどこかでそれを眺めているだけではいれない
優しい心の持ち主だ。
こんな寒い中を、我侭を言う自分に付き合ってくれているのだから。
感謝しても仕切れない。
それなのに、また我侭をいう自分の頼みをきき、あまつさえ、無くなる片目を思って嘆いてくれる。
「冬獅郎・・・。なぁ、これをひとつ取ってもまだ俺にはもうひとつ残るから、大丈夫だよ」
「・・・・・・・・本当にいいんだな」
厳しい目で見詰め返してくる冬獅郎は覚悟を決めたようだ。
「ああ」
冬獅郎は取り出す前に一度だけ、一護の左目に口付けた。
それは若者のもとへと行ってしまう一護の左目に別れを告げるためだ。
ことりと外れた琥珀を冬獅郎は複雑な気分で見つめると、片目だけの一護を見た。
「彼の元に持っていってくれ」
一護の言葉に冬獅郎は飛び立った。
若者の家は屋根に穴が開いていて部屋の中に入るのは簡単だった。
彼は両手の中に顔をうずめていて、鳥の羽ばたきは聞こえなかった。
冬獅郎は机の上に載っているスミレの上に琥珀を落とした。
コンという音に若者が顔を上げると、そこには美しい琥珀が枯れたスミレの上に乗っていた。
喜びの声をあげる若者の声を下に聞きながら、冬獅郎は空を飛んだ。
やがて一護の肩に舞い降りると、若者の様子を告げた。
それを聞く一護の、きらきらと輝く目はひとつになってしまったけれど、
優しげな目は太陽の元と変わりなく、今は月明かりに柔らかく光る。
一護、お前は本当に幸福の王子だ。
こんなにも人々を喜ばせる術を知っている。
こんなにも俺を幸せにする術を持っている。




次の日になると、いよいよ寒さも厳しさを増してきたのを感じた。
雪がもうすぐ降るのだろう。
冬獅郎は今度こそ本当にエジプトに旅立つ別れを告げる。
「一護、今度こそ本当にお別れだ」
一護と別れるのは寂しい気もするが、離れてもまた春になればここにきっと戻ってこようと思った。
「今度来るときは俺が取ってしまった剣のルビーと
目の琥珀に変わる珍しく美しい宝石を持ってくる」
肩に止まる冬獅郎の言葉を一護は遮った。
「もう一晩だけ・・・・」
「・・・一護、もうすぐ冬が来る。雪が降れば俺は飛べなくなってしまうんだ」
「下のほうに広場があるんだ。そこに小さなマッチ売りの少女がいる。
さっきマッチを溝に落として、全部駄目になってしまった。
お金を持って帰れなかったら、父親が女の子をぶつんだろう。
だから女の子は泣いている。あの子は靴も靴下もはいていないし、何も頭にかぶっていない。
冬獅郎、俺の残っている目を取り出して、あの子にやってほしい。
そうすれば父親からぶたれないから」
「・・・・・・・・一護」
「これが、最後。本当に最後だから。頼むよ、冬獅郎」
冬がどんなにツバメである冬獅郎に厳しいかも知っていた。
凍える風は冬獅郎の体に吹きつけ、雪はその羽ばたきを遮るだろう。
彼の優しさに付け込んで、我侭を言う自分に呆れないはしないかと本当は怯えているけれど、
それでもどうしても冬獅郎が去る前にこれだけはかなえて欲しかった。
「冬獅郎・・・・頼む」
「それを取ったらお前は何も見えなくなるんだぞ・・・」
苦しげな声。
ああ、お前は、こんなにも我侭な自分にまだ付き合ってくれるのか。
泣きそうになるのを一護は堪えた。
「俺は、見えるこの目が時折憎い・・・。
目に映る貧しさが、飢えが、悲しみが俺を苛んで仕方ないんだ。
それから逃げる為に俺は、お前に頼んでるんだ。冬獅郎が気にすることなんか
ねぇよ。俺の我侭だ」
「・・・・・・・」
どうしてお前はそうなんだ・・・・。
幸せの王子だと言われ、賞賛されても、一護はこんなにも苦しんでいる。
そして、今まで誰もその悲しみを和らげてやることを思いつきもしなかった。
輝く金や宝石に包まれ、『幸せ』の王子だと言われても、いつだってその奥にある心は
毎晩静かに涙を溢すほど痛んでいたというのに。
冬獅郎は震える体を堪えた。寒さの所為だと言い聞かせた。
「ここまでお前の我侭に付き合ったのは俺だ。
最後まで聞いてやるよ、お前の願いなら」
「ありがとう・・・、冬獅郎」
一護、その言葉に救われるのはいつも俺のほうだ。
冬獅郎が残った琥珀を取り出すと、一護の両目は何も見えなくなった。
真っ暗な中、冬獅郎が無くなった目に口付けたのが分かった。
最初に左目を持って行ったときもそうだった。
あの時、優しげに愛しげに口付ける様に、照れるのを隠すのに必死だったのを思い出す。
「行ってくる」
耳元で羽ばたく音と冬獅郎の声に一護は無い目を瞑った。
「良かった・・・お前の声と感触だけはまだ失わずにいれるんだなぁ」
冬獅郎が飛び立った後、一護の琥珀の消えた二つの穴から雫が伝い、
すぐにその雫を冷たい風が攫った。

冬獅郎はマッチ売りの少女のところまでさっと降りて、宝石を手の中に滑り込ませた。
「とってもきれいなガラス玉!」少女は言って笑いながら走って家に帰った。
きっと父親に叩かれることは無いだろう。
木の枝に止まって、それを見届けると冬獅郎は飛んだ。
そして、一つのことを心に決めたのだ。
一護の元に戻ると、いつものように肩に止まり、少女の様子を聞かせた。
「一護、お前はもう何も見えない。だから俺はお前の傍にいることにした。
お前は悲しみが見たくないと言うが、これじゃあ幸せも見えなくなったことになる」
「・・・・冬獅郎?」
冬獅郎の声だけが聞こえる一護には彼の様子が分からない。
「ずっとここにいて、お前に街の幸せを聞かせてやるよ」
「何言ってんだ! お前、エジプトに行かなきゃならないんだろう・・・!?」
慌てたような声に、冬獅郎は笑った。
「いいか、良く聞けよ。
どうやら、俺はお前を見てると放っておけないみたいだ」
不器用で、我侭で、不条理を許せない幼い正義感に、自己犠牲精神も、愛おしくて仕方ない。
ああ、本当は泣き虫だって所も付け足しておこうか?
と冬獅郎の優しげな声が聞こえた。
「・・・・・・馬鹿か、お前」
ボソリ呟いた一護に、
「お前ほどじゃねぇよ」
笑った声。
俺だってお前が・・・・、と言いそうになった言葉は、なんだか本当に冬獅郎を
引きとめてしまうように思えて、一護は口を噤んだ。
雪が降るまででいい。それまでの約束と信じていよう。
傍にいてくれるのは嬉しいけれど、彼は南の国へ行かなければいけないのだから。



次の日一日、冬獅郎は一護の肩に止まり、珍しい土地で見てきたたくさんの話を聞かせた。
それに頷き、時に驚きの声をあげる一護に冬獅郎は楽しくなった。
ナイル川の岸沿いに長い列をなして立っていて、くちばしで黄金の魚を捕まえる赤いトキの話。
世界と同じくらい古くからあり、砂漠の中に住んでいて、何でも知っているスフィンクスの話。
琥珀のロザリオを手にして、ラクダの傍らをゆっくり歩く貿易商人の話。黒檀のように黒い肌をして
おり、大きな水晶を崇拝している月の山の王の話。シュロの木で眠る緑の大蛇がいて、二十人の
僧侶が蜂蜜のお菓子を食べさせている話。広く平らな葉に乗って大きな湖を渡り、蝶といつも戦争
しているピグミーの話。
それらの話が終わると、一護は今度は街の様子が聞きたいと言った。
「冬獅郎の見てきた、街の様子を聞かせて欲しい・・・」
そう来るだろうと思って、冬獅郎は朝に飛んで見てきた街の様子を聞かせた。
貧しい子供たちがパンを欲しがっている話に、一護は自分の体を覆う純金を一枚ずつ
やってほしいと言った。
冬獅郎はもう反対しなかった。一護の思いは例えどんなに自分が言っても覆ることのない
決心なのだ。それならば、叶えてやるしかない。
それに何よりも、喜ぶ貧しい人々の様子を聞かせる度に見せる、嬉しそうに笑う一護が冬獅郎は
見たかったのだ。
貧しい子供達が喜びに頬を染める度、一護の体を覆う純金は無くなり、やがて輝きを失い、
やがて降りだした雪に、小さな冬獅郎の体は弱っていった。パン屋が見ていないとき、
冬獅郎はパン屋のドアの外でパン屑を拾い集め、翼をぱたぱたさせて自分を暖めようとした。
それでも寒さと雪は増すばかりで、冬獅郎の追い詰めた。
けれど、冬獅郎は一護の傍を離れなかった。




ある日、冬獅郎の声が聞こえた。
「一護、悪いな。もうさようならだ」
一護はとうとう、冬獅郎がエジプトへ飛び立つのだと思った。
「そうか・・・。お前がエジプトに行くのは、俺も嬉しいよ。ちょっと寂しいけどな。
長く引き止めちまって悪かったな」
見えない一護は冬獅郎のいつもの定位置である右肩に意識を向けた。
「冬獅郎・・・・」
旅立ってしまう彼になら、もう言ってもいいだろう。
今なら、自分も彼を愛していると。
いつもいつも、呆れながら、それでも優しく、時に強く、自分を愛していると言ってくれた彼に。
応えられなかった自分に、諦めず何度も囁いてくれたその優しさに救われたいたことを
伝えてもいいだろうか。
「なんだ・・・?」
そっと触れる羽。一護の答えを待つときの冬獅郎の仕草だ。
促されるように、一護は重くなる口を開いた。
「俺もお前のこと、ずっと愛してたんだ・・・」
最後まで吐き出すと、鉛の心臓が壊れそうに痛んだ。
冬獅郎の返事を待つ間の沈黙が一護を鼓動を止めようとしているようだった。
くすりと笑う声が聞こえた。
「知ってた」
お前の感情なんて丸見えで可笑しくなるくらいだったんだぜ?
と震える声。
「いつ言ってくれるかってずっと前から待ってたんだ。
最後に、お前の口から聞けて、嬉しい・・・」
囁く声が小さくなる。
「冬獅郎・・・?」
近くにいるはずなのに、こんなにも声が聞きづらいことなんて初めてだった。
「でも、俺はエジプトには行かねぇよ・・・。
眠りの兄弟のところに行くんだ」
「眠りの兄弟・・・?」
何を言っているんだろう。
エジプトに行かないでそんなところに行ってどうするのだろう?
それとも自分が知らないだけでそこは暖かい場所なのだろうかと一護は内心首を傾げた。
「眠りの兄弟ってのは、死の家のことだよ、一護」
一護には見えないが、冬獅郎の体は真っ白な雪に覆われていた。
街は今や銀色の輝きに満ちていた。
もう冬獅郎は、エジプトに行く力も、街を飛ぶことすらできなかった。
こうして、今、一護の肩に一度だけ飛び上がる力が残っていただけだったのだ。

「一護・・・、お前の傍は俺にはどんな場所よりも暖かかった」
唇に何か触れたと思うすぐに離れた。
「と・・・しろ?」
ぱさりと軽い音が足元でした。
見えない闇の中、もう一護には冬獅郎の声も、感触も分からなかった。


ただ、冷たく、寂しい世界。
それは一護にとって初めての冬獅郎のいない世界だった。

「冬獅郎・・・、どこだ?」
白い雪に埋もれていた二つの穴は涙を溢す。

その瞬間、一護の中で何かが砕けたような奇妙な音がした。
それは、鉛の心臓がちょうど二つに割れた音だった。


雪の止んだ次の朝、街の人々は
いつの間にか装飾のなくなったみすぼらしい王子の像と、その足元に落ちた
一匹のツバメの姿を見た。





fin




06.1.1
原作は幸福の王子。
ちなみにこちらを参考にしました。本当に「愛してる」とかキスとかしてるとこがすごい。
「幸福の王子」ーーー翻訳Copyright (C) 2000 Hiroshi Yuki (結城 浩)

真帆姉と連動というかコラボで、
真帆姉・・・・王子冬獅郎×ツバメ一護
夕やけ・・・・王子一護×ツバメ冬獅郎
の別バージョンをお送りしてます。 真帆姉の話は こちらからどうぞ! 
コネタのはずが全部書いてしまった・・・orz
新年からパラレル&悲恋かよ。