nameless
彼を初めて知ったのは正面玄関が見える、この窓からだった。
十年前から病室という限られた空間でしか生活していない一護にとってその窓は 今や世界の全てで、肌で感じられる世界へと繋ぐ扉だ。
一護が入院している病院は、彼の父親が病院長を務めている、ほぼ自宅も 兼ねているようなものだ。個人病院としては大きいといえる敷地を 持ち、設備、施設は父・一心の医師としての高い力が現れている。
その黒埼病院の三階、南向きの角部屋に一護はいる。
本来なら他の同年代の子供と高校に通ってもおかしくない 年齢だった。けれど、病気ゆえに小学校以来、通っていない。
しかし、病気だからといって四六時中、一護は寝込むような病人ではない。
ただ突発的に起こる発作が尋常ではなく、その度に命を危うくするのだ。
その発作が治まれば数日で体力は徐々に回復するので、普段は常人と 変わらぬ生活を送っている。
こうして、病室でいるのはその発作にいつでも対応できるようにするためだった。
病室にくるのは家族、友人、看護士、医師くらいなもので不平はないが、 繰り返される日常は同じフィルムを巻き戻しては繰り返す映画のようだ。
その日常に、ある時新しい光景が差し込まれた。
久しぶりの晴天に窓を開け、頬をくすぐる風に目を細めた。
寒い風は体に毒だと少々過保護気味な父親の目を盗んで、外を眺めていた。
ふいにきらりと光るものに視線を落とせば、ひとりの人間に眼がいった。
目立つ髪の色は遠目でも、印象深く。
じっと見つめ、動けない。
そして、それは彼が玄関に吸い込まれていくその時まで続いた。
一度だけ目にした銀色の人間は数日後に、一護の病室のドアをノックした。
「日番谷冬獅郎だ」
一心の隣に立つ男は白衣に両手をつっ込んだまま、憮然と佇む。
彼は一護の新しい主治医として、やってきたのだ。
一護の病を治せる術をもっているだろう可能性はきっと彼だけだと言わしめる実力。
一心が呼んだのだ。
息子である一護を助けるため。
腕の知れた一心であったが、その彼すら一護の病魔を治す手立てを見出せなかった。 何故なら、それはまた数年前に彼の妻を奪った病でもあったからだ。
手を尽くしても救えなかった妻と同じ病を一護が発症したと知った時の、一心の顔を 一護は今でも覚えている。
それを見ているからこそ、この退屈な日常に微かな不満と不安を持ちながらも甘んじているのだ。
せめて、もう母親が死んだときのようの悲しみが彼の大きな背を歪ませることないように。
過度のスキンシップは彼なりの愛情と心配の証である(もちろん力の限り反撃はするが) と知っている。
生きる。
それは確かに自分のためでもあるが、それはまた自分を愛してくれている 家族のためでもあった。
きっとそれは、最後まで口には出来ないけれど。
「アンタ、本当に医者・・・?」
呆気に取られて呟いてみれば、にやりと笑った顔がまた綺麗で、
一護はベットの上で動けなくなった。
医者というよりは外紙系の雑誌のモデルと言われた方がしっくりくる容姿だ。
あのとき見た銀色の髪は間近で見ると白に近い銀で、そして何より、 初めて見る目は強い意思を秘めた翡翠色だった。
「そんなにこの色が珍しいか?」
じっと見つめる一護に近づいて、立ち止まる。
無言で頷けば、
「お前も、だろ」
さらりと耳元の髪を梳かれ、くすぐったさに首を竦めた。
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習作: お題10「言葉で伝えきれないもの」
家族の愛を感じつつも、病気による死を受け入れている一護。
ちょこちょこと書きたいブラックジャック旦始動。
きっと書きたい場面場面になると思われる。
パラレル。死神とかナッシング。
一護は難病を抱える少年。
冬獅郎はブラックジャック的な放浪天才医師。
そんなのが分かってればオッケだと思います。
捏造設定過多ですみませ。自己満足です(きっぱり)