食らう、夜の色





    室内を照らす月光が障子越しですら、この部屋の中で強い存在感を主張している。 白く染め上げられる畳。部屋の隅に追いやられた宵闇が、時折響く嬌声に震え、また 身を隠す。
 天井に向け伸ばされた少年の白い腕は空を掻いては落ち、己の上に覆いかぶさる 男の背中へ、爪を立てる。
 実際、男というには見かけを裏切る日番谷冬獅郎は、組み敷いた少年・黒埼一護より体が小さかった。 けれど一護よりも多くの年月をその魂に刻んでいるから、男と呼ぶに間違ってはいないだろう。
 外見で年齢を裏切ると同じく、冬獅郎は相手を快楽に落とす手管を知っていた。無論女を知ってはいたが、 男を組み敷くのは、数ヶ月前が初めてだった。
 しかし、慣れてしまえば戸惑いは消え、行為を繰り返せば感じやすい相手にますます欲が深まった。
 そうもう何度、己の部屋で、現世から来たこの少年の体に快楽を刻んだだろうか。 思い出すのは億劫で、それよりもこれからの数を数えるほうが賢明と言えた。
「っ・・」
 片手首だけ布団の上に押さえ込んで、追い詰めていた冬獅郎は、一護からの思わぬ 抵抗に眉を顰めた。
 ちりりとした痛みは不快ではなかった。むしろ、冬獅郎の感覚を鋭くさせる。  
うすらと滲んだ血は薄皮一枚を破っただけだが、冬獅郎の色素の薄い皮膚の上では 白紙に落とした朱のように鮮やかに映えた。
 一護の上で動く冬獅郎は夜のなか、草むらに引き込んだ獲物を食らう獣のようだった。
 その声すら、外見に似合わず低く響き、喉を震わせた。薄い唇は愉悦からかちいさく笑み、 自分の下で口を閉じることすら出来ずに乱れる一護を見下ろす。
「そうあまり俺を煽るな・・・」
小さく息を漏らすと笑んでいた口で、冬獅郎は一護の首に噛み付いた。
それこそ、歯を軽く立てるだけでは済まされない。歯型さえ残りそうなほど強く。
 口を離したあとで、傷跡に滲んだ血を舌で舐め取った。
ざらりとした舌の感触にまた一護が震え、今宵初めてではない白を放つ。
「くく・・・何度目だよ、お前」
 一護の腹に飛んだ白いものを手のひらでのばすように広げ、撫でる。そのまま、
冬獅郎は、ぬめるそれを掬い取った人差し指を舌先に運んだ。
 口に含んだ苦味は慣れれば、どうということもない。ただ、一護の反応が楽しいから しているだけだ。指先を綺麗にした後、口端に残った残滓を舌で舐めた。
「いい加減慣れろよ、後が辛いぜ?」
 慣れなど本当は必要ないと思いながらも言ったからかいの言葉と行為は、 力失せていた一護の目を光らせた。
「・・う、せぇっ、つか、んなことすんな・・ぁ!」
 染まった頬と潤んだ目で睨まれても効果などないが、吐き出される悪態と止めるように掴まれた 手首の痛みが冬獅郎を満足させた。
 ふと自分が一護の首につけた傷を見下ろせば、所有印と呼ぶにはあまりに醜い痕だ。 稚拙でそれでいてなんて強欲な証。
 冬獅郎はこれを後で見ることになる一護を思い浮かべて、喉の奥で笑いを押し殺した。
 思い知ればいいと思う。己の手の中に落ちてきたからには、覚悟せよと。
 こんな男の下に落ちてきたお前が悪いのだと。
「まだ余裕じゃねぇか、一護。 なぁ、分かってんのかよ。まだ俺はイッてないんだぜ?」
 止めていた抽挿を再開する。
 片手で腰を引き寄せ、抵抗する利き手を塞ぐ。唇は洩れる声を聞き逃さぬために塞がない。
「ひ・・ぁっ」
 見開かれた琥珀の目に映った己の銀色。
 零れ落ちた滴は、快楽の証。
 正直にきつくなる一護の内部に、冬獅郎は笑いを強くした。
「うぁ・・・っ」
 熱い息が喉を焼く。声さえすでに掠れ、夜の闇に弱弱しく漂い消えていく。
 それに引き換え、指先は凍えるように冷たい。
 いや、それは自分を取り巻く空気が湿った温度で上がったせいかもしれない。 とにかく、熱くて冷たくて、そんなわけの分からないところに自分は今横たわって いるのだと一護は思う。
 けれど、実際は体の下に乱れているだろうが上等な布団があり、い草の匂いのする畳がある。 見えないだけ、それを感覚として捉えられる余裕がないだけだった。
 何よりもも強い感覚が自分の中で動き、掻き乱している。
押し上げられ、内臓をかき回されるような圧迫感がいつしか快感へとすり替わる。
冬獅郎が動くたびに喉から、声ともいえぬ呻きが洩れ、抑えるために唇をかみ締めようとすれば、 その意思を見抜いて、許さないとばかりにさらに奥まで入ってくる。
 いい加減、無茶を強いるのは止めて欲しいと思うのだけれど、声さえ出せぬ身では そんな言葉すら紡げそうにない。
仕方がないから、服すら脱ぎ捨てられた自分に残された指先五つの白い武器で訴えたが、 それすら冬獅郎を悦ばせる反対の効果しかもたらさなかったようだ。
 そればかりか笑って首に噛み付いてくる始末!
 どこの獣だお前はとどこか冷静な片隅で思ったけれど、また冬獅郎が生み出した 強い波に押し流されてしまう。
本当に始末が悪い。だって、そんな男が自分は嫌いではないのだ。寧ろ、以前なら考えられ なかった体を許すこの行為さえ受け入れているくらいに、多分・・・愛している。
 囁く憎らしい言葉さえ、笑いに歪んだ口元さえ、噛み付いてやりたいくらいに愛おしい。
 瞼の裏で点滅する光。ちかちか。
 声を上げるたびにびくりと震え動く足は、何度も布の上を滑る。
 微かに湿りを帯びた上で踵が留まり、すぐにまた別の強い感覚に今度は爪先まで痺れて 動けなくなる。
 唯一つ感じられるのは掴んだ背中と、そこから伝わる体温だけだ。
 無心にしがみ付けば救われるかのように、溺れる者が川に浮かぶ小さな 木片でも掴むように、疑うことすら微塵も考えられないほどの必死さで縋る。
信じていいか?ではなく信じるしかない、これしかない。
 だって、もう選んでしまった。選択の扉は遥かな彼方。後悔はしていないけれど、 時々振り返ってしまうのは仕方のないことだと思う。
 ああ。白い世界がやってくる。
既に覚えて久しい男に植え付けられた感覚に閉じていた目を少し開けた。
 そうすれば、いつもとは違った意味で眉を顰めた冬獅郎の姿。
こちらに気づいて、それを少し緩めたけれど、彼も限界が近いのだろう。 その息は切れ、額から流れた汗が顎を伝っている。
「一、・・護」
 荒い息を吐く、薄く開いた唇から熟れた林檎のような赤がちらりと覗く。
 そういえば最初の人間が楽園を追い出されたのは、その赤を口にしたからだという。 そして、今、同じ男から(死神だけれど)それを求めることが禁忌だと言うのなら、 自分は確かにその末裔なのだろう。
「冬獅郎・・・・っ」
 ほら、名を呼べば、開いた扉から、艶やかな林檎が零れ落ちてくる。
 甘い果実を貪るように、この口に受け入れて。
 熱い息を深く深く飲み込んだ。  






習作その1.
お題02番  「息絶える前にキスをして」