最初で最後のスーパーノヴァ
「ただ声が聞きたかった」なんて嘘、言うなよ。
握り締めた受話器に篭もる熱。掌が滑りそうになるのを一度持ち直す。
任務のために支給された携帯電話というものは便利で、でも慣れない今の冬獅郎には不便なものでしかなかった。
伝わる熱は自分のものばかりで、無機物を通したお前の声が遠い。
『わりぃ・・・、寝てたか?』
「いや、起きてた」
耳をくすぐる声が不思議で、寝そべっていた体を肘つくように起こし、冬獅郎は小さく笑った。
『ホントか? 眠そうな声してるぜ』
いつも気負わない一護が弱気になるのは、不安になったときの悪い癖だ。
「おい、切るなよ。餓鬼じゃねぇんだ、これくらいで眠くなるかよ」
ましてや、一護からの電話なんてそうそうあるものではない。
実際、今回が現世に自分達がやってきてから初めてのことだった。
それなのに、切れといわれて簡単に切れるものか。
『傍から見れば、ガキみたいなのにな』
冗談めかした声はどこか不自然で、それでも冬獅郎は敢えて気付かない振りをした。
「一護、お前、喧嘩売ってんのか・・・?」
こっちも含むような笑いで応えれば、嘘だよと向こうで笑う。
別段、大事な話をするでもなく、もともと口数の少ない二人の会話は続かない。
自然と沈黙の時間の方が多くなった。
それでも電話を切れない。
切れないのは、この声の奥に滲む、相手の雰囲気が感じ取れるからだ。
何か言いたいことがあって、でもそれはとても口には出せないことで、
それを迷っているのだと、冬獅郎は瞼を閉じたまま、電話越しの相手を思う。
そして、おそらく、一護が何を望んでいるのかも冬獅郎は分かっていた。
逢いたいと、
傍にいてくれと言えば、
叶えてやる気だった。
今は義骸という生身の体を手に入れて、同じ世界にいる。
尸魂界での肩書きも、片付けなければならない書類もなく、
俺にはお前のことより勝るものはない。
触れて近づける距離にいる。
同じ体、皮膚を持った俺がいる。
なのに、敢えて不自由な距離を選ぶお前の心が分からない。
お前の心を塞ぐ重い枷が、夜の闇と俺の声で溶ければいい。
離れていくな。
信じろ。
放すものかと言った俺を。
お前の奥底にある心を。
そして、
最初で最後になんてなりはしないということを、知れよ。
沈黙を破ったのは一護だった。
『・・・、お前の声、聞きたかったんだよ』
搾り出すような声は、言いたくなかったのにという雰囲気を滲ませていた。
けれど、冬獅郎にはそれさえも無駄だった。
「嘘言うなよ」
『嘘じゃ、っ』
「なぁ、お前の我侭なんてたかが知れてんだぜ?」
『・・・・・・・・・・・・・・』
沈黙は逡巡だった。
「俺はそれを叶えてやれる」
『・・・・冬獅郎』
分かっているならどうして言わせるんだとでも内心思っているのだろう。
一護の声の中の困惑が分かった。
それでも冬獅郎にはここだけは譲れないのだ。
「言えよ、俺はお前の口から聞きたい」
『・・・・・・・』
長い、長い沈黙が続いた。
明かりもない室内は薄暗い。
目を閉じれば、研ぎ澄まされた耳から受話器越しの音を良く拾った。
息遣い。衣擦れの音。
唾を飲み込む音。
短く吸い込んだ空気。
吐き出した息は長かった。
『お前に、あいたい・・・』
「・・・・・・」
一護から零れた言葉の一滴が、冬獅郎の心の水面に波紋を広げる。
胸を水が湧き出るように熱くする。
知らずに上る笑みに冬獅郎は口元を左手で押さえた。
「俺もそう思ってたところだ」
耳の向こう側で、息を呑むを音が聞こえた。
小さな音すら拾う現代の機械。
距離を計れなくなる不便なこれも案外悪くは無い。
「すぐに行く」
『え、おいっ・・! とうし、』
答えは待たなかった。
パタンと軽い音させて携帯を閉じると、寝転がっていたベットから起きだし、窓を開けた。
文句なんて逢ってからいくらでも聞いてやる。
目の前で、俺を見て言えばいい。
文句も、不安も全部俺に吐き出せよ。
ひらりと空を舞う体。
夜風は銀髪を揺らし、白いシャツをはためかせた。
飛び移る家々の屋根の下では、安穏の暗闇で眠りにつく人達を余所に、
輝く月はその小さな影を暴くように照らしだす。
駆ける速度は緩めず、絶えず己を照らす真上の白き存在に
冬獅郎はちらりと翡翠の視線を向けると、口端を上げた。
月よ、俺を見て嗤えばいい。
思い人に望まれて会うのに、時など選んでいられるものか。
06,1,25
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恋情は最後に放たれる星の光に似ている。