Mahaa Padma






制止の声は聞こえたが、耳を塞いで振り払って突き進んだ先。
光も闇もない空間で。
ただ、音だけがあり、ひとつのこえが、きこえた。
そして、耳を塞いだ己の両手が腐り落ちていく幻想を見た。



解き放てと。
そう、内から囁きかける声は甘い。
見たこともない美しい女神が耳元で囁き掛けるようでもあり、しかし、後に残る残滓が
堪らなく神経を痺れさせる。
それは毒であり、悪であった。
そう知りつつも、拒む気がない己こそが最大の禁忌。
吐いた笑みは凍りついたように剥がれおちない。

その力を取れという。
そう内から囁く声は、毒であり、悪であった。
けれども、それのどれもが己の刃を鈍らせるものではないと知って嗤う。
心臓から送り出される赤い血と共に指先まで、黒を越して白にさえなりそうなこの
殺意に染まる充足。
そのなんと快いことか。
「ああ・・・・」
目を閉じ、空を見上げるように逸らされた喉元が震える。
こぼれ落ち、散る声は言葉にならず、まるで閨に響く吐息のように淫らだ。
解き放たれた力は、目に見える色になって冬獅郎の隅々から立ち上る。
銀色の髪の先からもゆらりと陽炎のように淡い色が立ち上る。
しかし、それは禍々しい色であった。
閉じていた目を開き、氷輪丸を握る右手を握りしめる。
なぜ、今まで卍解が出来なかったか理解できなかった。
それが、今、はっきりと解る。
己が幼かったからでも、力量が足りなかったのでもない。
血の滲むような鍛練も、清廉な精神も無駄だっただけ。
人であろうとする理性の枷が、この禍々しい狂気を解き放てなかったからだ。
大きすぎる力は、正義とは限らない。
時に悪と呼ばれる力だって宿すのだ。
この力が持つ名はすべてを表しているではないか。
大紅蓮。
その名が持つ意味は地獄のひとつ。
落ちた者は救われることはない。
それこそが、地獄。
「冬獅郎・・・・お前、なんてこと」
驚きから、怒りへと変わる表情は傍から見ていると滑稽で、自然に歪んだ口元がさらに
相手の怒りをかったようだ。
「そんな顔するな、黒崎」
宥めるような声は変わらない。
厳しさの中にも優しさの見える翡翠の目も。
姿かたちは一瞬前と何も変わらないというのに、一護は鳥肌が立つほどの寒気を感じて無意識に
二の腕を抑える。
おかしいほどに震えている自分にその時初めて気づく。
怖気づいているはずなどないのに、舌打ちしたくなる。
「自分が何やったか分かってんのかよ! こんな…こんなひでぇことお前がするなんてっ」
一護の後ろに転々と転がる動かない肉の塊たちのことだろう。
さきほどから冬獅郎の鼻先をかすめる異臭は、夥しい血の匂いだったらしい。
名前も知らない者も解放時に巻き添えにしてしまったようだ。
まだ、原型にはほど遠いが姿が残っているのは、幸いなのか不幸なのかは判断に苦しむが。
痛みがないといえば、粉々にされてしまった者の方が少しは幸せだったのかもしれない。
目の前の一護の体にも無事とは決していえないようで、大小の傷が見える。
上下に大きく動く肩もそれを物語っていた。
それでも立っているのは彼の強さ故だろう。
「もう戻れないことくらい、知ってる・・・・」
救われる気などない。
終わりするつもりでいるのだ、こんな空想じみた使命。
「止めるつもりなら、全力で来い。じゃなきゃ、お前の後ろの奴らと同じことになる」
「っ・・・・・、ふざけんな!」
葛藤を隠せないのだろう。一護の中には他者には眩しいほどの理想とも言うべき優しさがある。
そこに惹かれたのも確かな話。
だが、彼が悩もうが、もはや冬獅郎には関係なかった。
生きるのも死ぬのももう人としても過去に済んでる。
それを超えた今、恐ろしいことなんてなにもない。
ただ、もう、この役目に疲れてしまっただけ。
「さぁ、迷ってないで斬れよ。
お前の斬月はぶら下げてるだけの代物じゃねぇだろう?」
一護に突きつけた切っ先は、それだけで雨雲を呼ぶ。
ぽつりと頬に落ちた雨は、自然ではありえない早さで凍っていく。
やがて叩きつけるように降り出した雨は、あたりを静けさと零度の温度に包んでいく。
瀞霊廷を覆う雨雲はやがて全土を覆い、雷鳴さえ響かせ始める。

「お前と戦うなんて、出来るかよ・・・っ」
濡れた前髪の隙間から睨みつけるその目は揺らいでいた。
溜息をひとつ吐いて、冬獅郎は突きつけた刃を一端引く。

「…馬鹿か。俺はどっちでも構わない」

死ぬのが、お前であろうとお前であろうと。

-----何も変わらない。



ぶった切ってEND

なんという、冬獅郎ラスボス説(笑)
使命=護廷十三隊みたいな感じで。
そして、最後は一護VS冬獅郎。