気づいたのはきっと、偶然なんかじゃないよ。
いつからっていうのは正直自信がないけれど、それでも僕の目から見たら、 彼が確実に変わっているのは分かるんだ。
だって、僕は-------------。
青空ランチタイム
終業のチャイムと共に、ざわめき出すクラス内。
教師はこれまでとチョークを下ろし、開いていた教科書を纏めた。
咳払いひとつと次回までの課題を生徒たちに残すと、 不平を漏らす声を背に教室を出て行く。
窓から見える天気は快晴。
決められた時間に詰め込まれる幾多の授業からのしばしの解放。
それは学生にとって、限りない幸せなひと時だ。
空腹を訴える本能に従い、学食や購買部に走る者もいれば、お弁当を持ち寄る生徒たちは思い思いの 場所へと姿を散らす。
風も暖かさを運び始めた午後、いつもどおり屋上へと水色は友人たちとお昼を 食べるために上がった。
扉を開けた瞬間、吹き込んできた風に一瞬、目を閉じる。
そこにはすでに先客がいた。
ルキア、一護、織姫、それに最近クラスに顔を出すようになった、松本乱菊、 そして、日番谷冬獅郎だ。
まるで、元から仲間だったかのようにそれは不思議と馴染んだ。
もちろん、水色や啓吾はまだそれほど親しく接することはしないが、それでも いることを不思議に思わない程度になった。
水色の友人、黒埼一護は彼自身自覚のない吸引力を持っている。
それが彼らを呼び寄せたのだろう。
だから、水色も彼らに名前とクラス以外のことを聞く気はなかった。
彼が選んだ、傍にいることを許した者にとびきりアクの強い個性はあっても、 眉を顰め嫌悪を催すほど悪いところなどないのだ。
水色に気づいた一護が、口に箸を咥えたまま、手を上げる。
「遅かったな」
時折、風に靡く彼のオレンジ色の髪がきらきらと眩しく光る様は、まるでまだ遠い真夏を 思わせた。
「啓吾がどうしてもやきそばパンが欲しいって駄々こねるから、 購買に行くの付き合ってたんだよ」
後ろにいる啓吾はお弁当の包みとその上に乗せたパンの包みを3つ嬉しそうに 抱えている。
「あいかわらずよく食うな・・・」
呆れ気味な一護は、眉を顰める。
「青春真っ盛り、育ち盛りな俺様にはこれくらいないと足りないんだよ!」
扉を開けたままの水色の横を先に通り過ぎ、啓吾はどっかりといつもの定位置に座り込んで、 早くも弁当の包みを広げている。
水色もゆっくり歩いてその隣へと腰を降ろした。
その手には桜色の布に包まれた弁当がある。
もちろん、今付き合っている彼女お手製の。
横から突き刺さる啓吾からの羨望の視線は今の所、無視の方向を決めこむ。
紙パックのジュースにストローを差しながら、水色の目線はちらりと 斜め前に座る人物の手元を攫う。
------ああ、今日もまた同じ。
数人を間に挟んだそこに座る一護の弁当箱に見えるそれと。
最初に気づいたきっかけは、いつもは購買の冬獅郎が弁当を広げていたから、そそられた 小さな好奇心。
それから数えて、5回目の弁当。決して多い回数でもないが、それでもその度、 確認してみると一護と同じおかずだ。
あれ?と思った疑問は、3回目にして水色の中で確信に変わった。
一護と冬獅郎の間には、何かあると。
もちろん、同じ弁当(もちろん傍から見ても一瞬では気づかないけれど)を食べている 二人がこの時、特別何かを話したりするわけでもない。
それこそ、このおかずおいしいよとか。
またこれ作ってくれよ、なんてそんな見えないハートが飛び交うような甘い台詞があるわけでもない。
というか想像しただけでちょっと笑いがこみ上げてきた水色は、意識的に口元を引き締めた。
目の前で弁当を食べている二人を見れば、今日もただ、各々に談笑して、お昼を食べているだけだ。
見ていれば、一護はルキアと話すことが多し、冬獅郎は乱菊と話すほうが多い。実は、会話だってない日の方が 多いかもしれない。
それでも、一護が自分のテリトリーに知り合って間もない冬獅郎を入れたこと、同じ弁当を 食べるようになったことから言えば、他の人間と格段の差だ。
けれど水色にはそれを詮索する気はなかった。
別段、そういったものに嫌悪があるわけでもない。
むしろ、一護が誰かに対して特別のベクトルを向けることに少しだけ驚いたのは確かだったけれど。
それまで、誰に対しても何に対しても平等だった一護が初めて見せるそれに、 微かな心配と不安を生んだけれど、それも今では杞憂に過ぎなかったと思う。
それは、毎回冬獅郎が弁当を残したりしないことと、その空になった弁当に蓋をされていくのを 目の端にとめた一護が、微かにその時だけ、小さく嬉しそうに笑うことからも分かる。
今日も二人の弁当を習慣のように確認すると隣で、水色の『彼女』から持たされたお弁当を羨む 浅野の叫びに漸く反応を返す。
「いいじゃない別に。それにまだ君のが残ってるだろ?」
本当は、彼の欲しがっている、彼曰く黄金に輝く唐揚げを半分以上空になった 彼の弁当スペースに落としてもいいのだけれど。
わざとそっけなく返すのは、一種の浅野との無意識の掛け合い。
楽しみでもあった。
彼だって本気で唐揚げが欲しいわけではないのだ・・・・・・、多分。
「くそぅ。冷たいぞ水色! もうお前とは絶交だ! ・・・うう・・・、一護、お前のそのベーコン巻きを可哀想な俺にくれー!」
いつのまにか絶交宣言した啓吾の矛先は水色から一護へと向いた。
「は? 何言って・・・・・・って、うわっ! バカやめろ!」
飛び掛ってくる啓吾の箸先から一護は身をていして、ベーコン巻きを守る。
その弁当の隅にこんがりと焼けたベーコンがアスパラを巻いている。
瑞々しいアスパラの青さとそのベーコンの焼け目の茶色は無言で目に おいしさを示していた。
そう、それはもう一人、日番谷冬獅郎の弁当の隅を飾っている。
偶然じゃないのは、同じ特徴的な楊枝が刺さっているから分かる。
でも、それに気づいているのは、多分、自分ひとりだろうと水色は思う。
彼は他に気づかれないためにおかずの中身やその配置の変えているから、ぱっと 見は分からないし、たまにしか作っていないようで、相手の彼のお昼は弁当だったり、 購買で買ったパンだったりするのだ。
ちらりと水色が視線を未だにベーコン巻き攻防戦(?)を繰り広げる二人から外すとなにやら、微かに不穏な空気。
------これだから、無自覚って大変なんだよね
銀色の髪の下で少しだけ細められた緑の目が、表面上はただそのじゃれあいを 見ているようだけれど、水色には分かってしまう。
心なしかさっきまで晴れていた空が曇ってきたような気がするくらいだ。
------ 見えない嫉妬って案外、怖いんだよ、一護。
食べていた唐揚げを飲み込むと、水色はやれやれと一度箸を置いた。
しかたないなと飲み込んだ溜息。それでも水色はどこか楽しそうだった。
「・・・・啓吾。僕の唐揚げあげるからよしなよ」
その瞬間、一護からばっと勢いよく、啓吾は水色を振り返った。 きらきらと期待に輝く目と犬ならば千切れんばかりに尻尾を振りそうだ。
「サンキュー! やっぱ、持つべきものは友だな!」
さっきの絶交宣言は唐揚げで簡単に撤回されたようだ。 水色の弁当箱から唐揚げが一気に二つ、啓吾の口の中へと消えた。
それと同時に、さっきまで渦巻いていた不穏な空気が消える。
「だって、啓吾がそんなに暴れたら、砂が舞っちゃうからね」
みんなのお弁当が大変でしょ?と笑って見せた。
「ヒドイ!!」
人間の体の限界を超えたポーズで身を捩る啓吾の姿にアハハと笑う 声が青空に響いた。
今日もいい天気。
問題のベーコン巻きは無事に一護と、彼の胃に入ったようだ。
綺麗に空になった彼の弁当箱は、今日もきっちりと仕舞われていく。
まだまだ、この平穏が続くのもいい。
君と彼の秘密はもうしばらく、みんなには内緒にしておくよ。
彼は君の大事な人、
そして、君は僕の大切な友達。
end.
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07.04.21
『青空ランチタイム』
>> リクエスト
「お弁当により交際発覚?な話」(冬樹セツさま)
リクを頂いた時から、ずっと温めてた水色視点の旦。
非常に温めすぎて、大変お待たせしました!
でも書きたかったのは本当。
彼の目からみたお昼の光景。ほのぼの。
二人の関係が発覚しているのは水色だけになっちゃってすみません。
ちょっとリクと違うものになってしまいました。
水色は一護のともだちで、見守るちょっとおにいちゃん気分。
そして、そのお眼鏡にかなった冬獅郎。
公認です。
もちろん、冬獅郎のお弁当は一護のお手製。毎日じゃなくてたまに 作って渡すという感じです。