染められた花
サクサクと踏みしだくと乾いた音を立てる足もとの枯葉は、固い大地の上を薄い絨毯のように覆っている。
秋だなぁと動かしていた箒を持つ手を止め、落としていた目を上げれば、数えるほども葉のない枝が寒々しい。
冷たく最後の命をさらう様に、枝にしがみ付いている葉を風が揺らす。
掃いてもきっと次の日にはまたどこからか飛んでくるのか同じくらいに、この庭には枯れ葉が溜まって いるのだろう。
そう軽い諦めを感じながらも、さっさと枯葉を庭の隅に纏め、火をつける。
雨が少なかったせいか、間もなく軽い音を立てて燃え上ると葉の隙間から薄い煙が立ち上っていった。
立てつけの縁側の悪い雨戸を開けて、家の中の空気を入れ替える。首元を通る風が思ったより冷たくて、 首を思わず竦める。
昨日、掃き清めた庭にはもう落ち葉がところどころにあった。それでも、前よりは広く見える。
寒さに負けないよう、気合いを入れて腕まくりをすると台所から持ってきていた木の椅子を持って、庭に下りる。
真ん中より少し右よりの位置に置く。
少し寒いけれど、後始末のことを考えれば家の中でより、庭に椅子を置いてやるほうが楽だ。
こういうところが男なのだろうと思う。妹ならば、後始末の煩わしさより暖かい快適さを求めるだろう。
相手のことを思えば尚更だ。
けれど、いつまでも家の中にばかりいるのはかえって良くないとそれらしい言い訳を自分の中で並べて、
一護は、彼を引っ張り出すのだ。
手を引いて、連れ出した彼は抵抗も見せずに少し後ろを付いてきている。
椅子の前で手を離すと、言わんとしていることが分かっているのだろう、腰を下ろした。
文句も言わずに、庭先に置いた背もたれもない丸椅子に腰かける彼はぼんやりと庭の木だか、塀のすこし 上だかに視線をやっている。
軽く指先で毛先を摘むと思ったより、量が多かった。髪自体の痛みはあまりないが伸びっぱなしというのも どうにもよくない。
「じゃあ、切るな。そんなに伸びてないから…襟足揃えるくらいでいいか」
相手に伺うようでいて、それは独り言のようであった。
返事が返ってこないことは知っているから、無言でも気にはならない。
広げたシーツを前から首の後ろへ回し掛ける。ずり落ちないようにクリップで適当に留める。
あとは感覚で切るだけだ。初めてでもないから戸惑いもない。
シャキンという鋏の刃が重なる音が響く。
静かな庭には、風の音の方が小さく聞こえる。
音が鳴るたびに少し遅れて、ぱらぱらと落ちた銀色の髪の毛が白いシーツの上に疎らに色をつけていく。
この時ばかりは、なんだか勿体ないような気分になってしまう。
薄々自覚はあったが、どうやら自分は彼の髪が思いのほか気に入っているようだ。
そして、同時に彼がかつて、自分の髪よりもお前の方の色がいいと言ってくれたことを思い出した。
じわりと心の表面を何かが覆う。痛みよりも鈍く、苦さよりも鋭くはないのに、どうにもすっきり
しないこの感覚が自分をどうにも落ち着かなくさせる。
もう、忘れてしまおう。いや、それよりも、奥底の引出しに仕舞って鍵を掛けてしまう方がいい。
そう思うのに。
「・・・・・」
止まってしまった鋏に気づき、一度だけ息を吐く。
一護はゆっくりと疎らになっている襟足の毛を指先でなぞった。
くすぐったかったのか、少し彼が肩を揺らした。
「悪い・・・もうすぐ済むからな」
気を取り直して、鋏を持ち直すとまた散髪を再開させた。
伸びた髪は記憶のようだ。
時間でもあるのかも知れない。
過ごした日々が、交わした言葉がそこに包まれているのなら、こんなに簡単に切ったりは
できないだろうか。
そう考えて、笑う。
髪にはなにも宿りはしない。
希望はそこにない。
だから、自分は切るのだ。
切って、切って、切って。
切って切って切って。
何度だって切って。
この心に巣食う希望を断ち切っている。
そこにいればいい。温もりだけあればいい。
たとえ、言葉も、意識もここにはなくてもいい。
ここにいてくれれば。
それだけで十分だなどといった愚かしいさを嗤う。
どれも嘘だ。
どれも偽り。
本当は分かっている。
言葉がなくて寂しい。
虚ろな視線が悲しい。
力強い声も、優しい心も、なにも見失ってしまったことが辛い。
毎日、毎年、確かに髪や爪は、変わらずに伸びていくのに。
何も戻らない。何も育たないこの関係は、果たして絆と呼べるのだろうか。
まるで色のない花の形に、わざと色をつけてそれを花と呼ぼうとしているだけのようだ。
馬鹿馬鹿しい。
そう思うのに断ち切れない。
彼を心の中から捨てることは出来なかった。
彼の髪のようには切れない。
何度も考えたけれど、その度に辿りつくのはただ彼が愛しいという感情でしかなかった。
シャキンシャキンと音が鳴る。
シーツの上に広がっていく、不揃いな髪。
薄雲に遮られた弱い日の光にそれでも、鈍く光る様は美しいといえた。
鋏の動かす手はゆっくりと淀みない。
シャキンと鳴る音にやがて、かすかな音が加わったがそれも本当に弱いものでしかなく、
誰も気づくことはなかった。
髪を切られている本人は相変わらず、ぼんやりと視線を空へ遣っていて、気づいているのかそんな素振りは ちらりとも窺えなかった。
じわりと歪みように滲んでいく視界。
微かに熱くなっていく目尻から頬を伝う感覚は、顎に辿りついて消えた。
それでも拭うことはせずに、ただその指先を動かし続けた。
シャキンと音を立て、鋏は銀色の髪を切っていく。
散った髪がシーツに落ちる前に、風に吹き飛ばされていった。
なんとなく終わる
相変わらずのダーク期間中。
とりあえずですね、冬獅郎さんの髪の毛を切る一護さんに思わず萌えを見出してしまった結果。
冬獅郎は戦闘かなんかで脳をやられて記憶とか意志とかふっ飛ばし系。
自らで行動をする力がないという感じ。
一護はそんな冬獅郎と一線を退いて隠居中。(同棲はその前からという設定で)
諦めてるよーっていいながら未練タラタラなとこがいいじゃないか、と。