星のみえない夜 




月だけが冴え冴えと光る夜。
空にはその光の強さに恥らったように星たちの姿は見えない。
黒々とした空に、白い月がぽつりとひとつ。




 窓から覗いた空。
開け放すには寒すぎる冬の風が一護の首元を掠めて、ぶるりと身震いした。
吐き出す息は白く、浮かび上がってすぐに空気に紛れて消えた。  
夜は冷え込むといっても、夕方に見たTVでは暖冬が続きますと日本列島の画像を前にしたアナウンサーが 告げていた。
その予報に洩れず、十二月を半ば過ぎた今でさえ、一護の住むこの町に降る様子は見えない
空は雪雲さえなく、晴れている。  
そんな空をベッドに乗り、窓枠に頬杖をついて一護は見ている。
夕飯も済ませ、風呂も済ませた。机の上にはきっちりと答えの書き込まれた数学のノートが載っている。
暖房も切られた部屋は徐々に外気と同じ温度になり始めている。
それでも一護は何かを待つように、戸も締めずにその体勢のままでいた。
それがどれほど経った頃だろうか。

コツンと響く音に視線を向ける。
少し離れた屋根の上に人影。

「よぉ」

深夜に訪れても悪びれもしない笑み。
十番隊隊長の姿がそこにあった。


「・・・・・なんで」


頬杖を外し、思わず出てきた言葉。
待っていたわけでもなかった。
約束をしていたわけでもない。
それでもこの日、この夜に彼が来ることをなんとなく期待していた自分に今更ながら一護は気づいた。


「会いたいから来た。それだけだ。
そう、つれないこというなよ」



驚いたままの一護にくくと喉で笑って見せる男は、その姿に似合わず、いや本来ならば何百年と生きているのだろうから、似合わずという言葉もまた正しくはないのだけれど、一護の態度を言葉ほど特に気にした風もなかった。
風になびく白銀の髪が闇夜に浮かぶように光る。
屋根の上を歩き、近づいてくる姿に、鼓動が早まる。
冬獅郎の歩みは見ている以上にゆっくりで。
もっと早く、早くと鼓動が急いているようだ。
そんな一護の内心を知ってか知らずか焦らすように、冬獅郎は時折立ち止まり、空を見上げた。
つられた様に一護も視線をあげて見るがこれといって何か特別なものがあるわけでもない。 そこには月以外何もないというのに。


漸く、窓辺にたどり着いた時、


「一護、見てみろ」


見上げる視線に、なにを?と一護は顔を向けた。
さきほどまで星ひとつ見えなかった空にきらきらと光る粒が見える。


「星・・・?」


けれどそれは少しずつ、ゆっくりとだか動いているようだ。
星が動くのは人の目には肉眼では見えないから、それではないだろうと すぐに思い直すが正体は掴めない。
やがて落ちて来たひとつの星が一護の頬で、ゆっくりと溶けた。
それは切片と呼ぶには幾分大きな雪だった。
それが月の光で星のように淡い光を空に撒いていたのだろう。
星のない夜だからこそ見える小さな小さな光。
まだ雪が降るには早い。それに雲さえない空から雪が降るなんてありえない。
そこで漸く思い至った。
目の前の男は氷雪系最強の武器を保持する能力者ではなかったか。


「これ、お前がやったのか?」


手の平に落ちて来た雪は不思議とまだ溶けず、光っている。


「・・・すこし遅くなったが、礼だ」


礼といわれるほどのことしただろうかと思い出してみるとひとつだけ、浮かび上がった答え。
十二月二十日。代行業のついでに訪れた尸魂界で、彼の副官に託した品。
多忙な仕事で不在の彼に代わり、それを乱菊には渡したのだった。

「ああ・・・別に大したもんじゃねぇし・・・」
照れを隠すようにそっぽを向いて、頭を掻く一護の姿に、冬獅郎の目が細められた。
その耳が夜目ながらもほんのりと赤く染まっているのが分かった。
人間界でありえない。雲のない夜に雪を降らすなど、本当はやってはいけないことだと自覚はある。
けれど、この幼いなりに照れ屋の少年が精一杯の姿勢で祝ってくれようとしたことが心を動かした。

 
「一護、ありがとう。
 ・・・・・嬉しかった・・・・」


自分があの日、この手に受け取ったのは物だけではない。
とても大切な心というもの。  

物でも言葉でも、この気持ちを一護に上手く伝えることはできないと思った。
確かに喜んでくれるだろうけれど、それだけでは何か足りない気がしたのだ。所詮、自己満足とでもいわれてしまえばそれまでだろうが。
何かしたいと思ったのだ。


 星の見えない夜に、ひかるこの雪で伝わればいい。


「ありがとう・・・・」


もう一度、ゆっくりと伝えると、そのオレンジの髪が振り返った。
何かを伝えようとする一護の頬を冬獅郎は自分の両手で包み込んだ。






 星の見えない夜。
君だけに特別な星を贈る。







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07/01/01

日記サルベージ 冬獅郎生誕SS